●各国のカヴァル事情●
 お国変わればカヴァルも変わります。単に楽器の形や演奏スタイルだけでなく、カヴァルに対する人々の抱くイメージやアンサンブルにおける立場まで変わってくるのが面白いところです。なぜでしょう?ここではその理由を、近〜現代にその国が辿ってきた歴史などと照らし合わせながら探ってみたいと思います。

ブルガリアの場合
 ブルガリアという国について、ヨーグルトバラの名産地だということ以外、何が知られているのでしょう?(答:ワインもうまいよ)

 西欧諸国から見て東南に位置する、バルカン半島と呼ばれる地域にある国ですが、西欧から辿るよりはむしろ「トルコのすぐ北西」と言った方が早いです。国土の山あり平原ありの起伏に富んだ地形で、現在に至るまで農業国として知られています。民族はロシア人などに近い、スラブ系のブルガリア人(全体の約8割)で、スラブ系のブルガリア語を話し、キリル文字というアルファベットで読み書きします。多くはブルガリア正教という、カトリックやプロテスタントとは別系統のキリスト教を信仰しているようです。

 さて地理の勉強は終わり。次は歴史の勉強です(エェ〜、と小学生風に)。いや、ここでは音楽的にも重要な3つのポイント、「オスマントルコによる500年間の支配」、「第二次世界大戦後の共産党政権時代」、「1989年から現在に至る民主化」だけ押さえましょう。

 ブルガリアの音楽で世界的に知られているものとしては、ブルガリアンヴォイスという名で知られる合唱の他、近年ではイヴォ・パパゾフ Ivo Papazovというクラリネット奏者に代表されるウェディングバンドが有名です。またブルガリアには、ホロやラチェニッツァと呼ばれる舞曲があります。その多くは非常に速く、また5、7、9、11…拍子などの変拍子であることが、際立った特徴になっています。以上、ブルガリアの基本情報でした。

 カヴァル的に見た場合、ブルガリアはとりわけカヴァルが重要な役割を成す国です。楽器の作りも凝ったものが多く、3本のパーツに分解出来たり、吹き口には黒檀や牛の骨が使われていたり、高級品ともなると楽器全体に細かい彫刻がびっしりと施されていたり、羊飼いの暇つぶしにしては凝り過ぎじゃないの?と感じることもしばしばです。

写真左:古いタイプの3本継ぎカヴァル
写真右:カヴァルを作る職人

 何故そうなったか?といえば、元々の伝統も当然作用しますが、1989年に民主化されるまでの約40年間、この国の共産党政権が伝統文化の保存と人材の育成に、国家を揚げて取り組んできたという事情も大きく影響しているものと思われます。民主化した現在そのやり方には賛否が出ているものの、結果として元々単独で吹かれることが多かったこの楽器は、ガイダ Gajda(パグパイプ)、ガドゥルカ Gâdulka(洋梨型の弓奏楽器)、タンブーラ Tambura(トルコ起源の、ネックの長い撥弦楽器)などと共に、一躍国立のフォークアンサンブルの中心的役割を演じることになります。(厳密に言えば、共産化の少し前からアンサンブル化の流れはありました。歴史にifはないと言いますが、もし共産化しなかったらどういう音楽が生まれてたんでしょうね?余談でした。)

 また、この時期に各地の伝統的奏法が「整理」され、タンギングを一切使わずなめらかにメロディーを吹く、トラキア地方のレガート奏法がブルガリアを代表するスタイルになったようです。他国には見られない様々な装飾音や特殊奏法の多くも、この時代の産物だと言われています。これらの結果、ブルガリアの伝統楽器は総じて非常にシステマティックでテクニカルです。一般への音楽教育にも相当力を注いでいたそうで、国家を揚げて取り組むとはこういうことかと、諸問題はさておきその情熱には驚きを禁じ得ません。

 有名なカヴァル奏者としては、まず現代に至るカヴァル奏法の歴史に大きな役割を果たした対照的な二人、ストヤン・ヴェリチコフ Stoyan Velichkov(ストランジャ地方出身)と、ツヴヤトゥコ・ブラゴエフ Tsvyatko Blagoev(北ブルガリア出身)を挙げておきます。各々国立アンサンブルの形成期(あるいはそれ以前)における重要な奏者で、トラキアのレガート奏法、北ブルガリアのスタッカート奏法の代表的人物と言えます。

 現代のカヴァル奏者では、何といってもテオドシ・スパソフ Theodosii Spassovを抜きには語れないでしょう。伝統的な奏法はもとより、一体どこからそんな音が出るのかという数多くのオリジナルの奏法を自在に操り、彼にしか出来ない(と同時に、カヴァルにしか出来ない!)クリエイティブでアグレッシブなジャズを作り続けています。かなりアバンギャルドなヴォイスパフォーマーでもあります。とにかくすごい!の一言。一曲でも彼の演奏を聞けば、ブルガリア国内はもちろん、海外からの評価が非常に高いのも納得出来ますよ。

トルコの場合
 トルコはブルガリアより多少認知度が高いとは思われますが、逆に日本人が勘違いしやすい国かもしれません。

  • ターバン巻いてんじゃない?  →巻いてません。
  • アラブ人なんでしょ?  →トルコ人は全然別系統の中央アジア系民族です。
  • でもアラビア文字でしょ?  →オスマン朝時代はそうでしたが、共和制以後はラテン式のアルファベットです。
  • 暑いんじゃない?  →今冬ですが、寒くて死にそうです。東京より冷えます。
  • でも砂漠あるんでしょ?  →ありますが、ほんの少しです。
  • ヒゲ濃そう  →それ、本当です。
 トルコにおけるカヴァルは、ブルガリアと比べるとちょっと立場が弱いです。この国で何といっても人気があるのは、サズ Saz(バーラマ Bağlamaともいう)という弦楽器で、どれくらい人気かと言うと、沖縄における三線、いやそれ以上かもしれません。一方カヴァルは、田舎臭い、あるいは物乞いの吹く粗末な笛、というネガティヴイメージが先行するか、あるいは古典音楽で使うネイ Neyという笛と混同されるかのどちらかです。楽器屋やCD屋ですら、しばしばごっちゃに語るのには閉口します。

 しかし、TVの民謡番組(トルコでは民謡が本当に盛ん)を見ると、20〜30人規模の大楽団の一員として、必ずカヴァルが入っています。CDでも完全にサズの弾き語りソロアルバムでない限り、大抵は入っています。決して使われない楽器ではないのです。いかに一般のトルコ人から見て、名前と音色と楽器が一致しなかろうと。

 トルコのカヴァルの特徴としては、まずブルガリアのカヴァルのように3本に分けられないです。平均80cmぐらいあり、サズや歌手のキーに合わせて何本も持ち運ばなきゃいけないので、結構大変です。材質は木製が多いですが、まれに葦のカヴァルもあります。いや、一番多いのは、鉄パイプや塩ビ管製かもしれません。口元がちょっとくびれて、全体に茶色のテープを巻いた、いかにも適当なこの塩ビ管カヴァルは、TVを見るとプロもさかんに使っているのです。実際音良いんですよ。

写真左:トルコのカヴァル(木製)
写真右:古いタイプのカヴァル(一番左のもの)

 奏法上の特徴で、一番目立つのはビブラートのかけ方でしょうか。ブルガリアでは指をくねくねさせてビブラートをするのに対し、トルコでは笛全体を上下させて、唇に押し付けたり離したりして音を揺らします。人によってはネイのように首を振ったり、片頬をヒクヒクさせたりもします。このビブラートは、深くゆったりしたメロディーを奏でるのに、とても効果を発揮します。

 ある有名なカヴァル奏者は、「アナトリア(トルコ国土の中央部分一帯)のカヴァルはスローでロマンティックなんだ。」と私に説明してくれました。使用する音域も、カヴァルでは大変出しにくい最低音部を多用し、ブルガリアのような華やかさは少ないですが、実に渋く深い味わいです。前奏や間奏でメロディーを担当する他、歌やサズに対して解析不能のインプロビゼーションをひたすら吹きまくることも多く、謎は深まるばかりです(←って、トルコに何のために来たんだ!)。

 なお、トルコには同じカヴァルという名前で、少なくとも2種類の別の楽器が存在します。ひとつはディルシズカヴァル Dilsiz Kaval(直訳すると舌なしカヴァル)といい、このページで主に扱う吹き口のないタイプ、もうひとつは、ディルリカヴァル Dilli Kaval(舌付きカヴァル)という、リコーダー型のカヴァルです。この辺もトルコ人自身が混乱する原因かもしれません。さらにディルリカヴァルにも、ソプラノリコーダーのように小さいものから、80cm以上の長いものまで様々なタイプがあり、奏法も微妙に異なります。また、チフテカヴァル Çifte Kavalという地方楽器もありますが、こちらは葦で出来た2本1組のリード楽器で、「ベーベー」という感じの全然違う音が鳴ります。ややっこしいことこの上ないですね。


写真:左より、ディルリカヴァル、チフテカヴァル2種、シプシ

 有名な奏者としては、トルコにおいてカヴァルの地位向上に貢献した第一人者として、シナン・チェリック Sinan Çelikを、その弟子でカヴァルの奏法を飛躍的に向上させたオスマン・アクタシュ Osman Aktaşの二人を挙げておきます。実は先ほどの「有名なカヴァル奏者」というのは、Osmanさんのことです。Osmanさんのカヴァルのことを、私は勝手に「低音の魔術師」と呼んでいます。時に息漏れと倍音を混ぜつつパーカッシブに、時にずっしりと渋みをきかせた音色を自由自在に使い分け、これはサンポーニャ(アンデスのパンパイプ)ではなかろうかと聞き紛う音まで、たった一本のカヴァルから出してしまうのは驚嘆に値します。また「トルコが一番!」とばかりに、他国に関心を持たない人も多い中、大変知的で開けた考え方の持ち主で、尺八やバンスリをはじめ世界各地の「渋い笛」を沢山愛聴しているようです。そうした視野の広さが、音色の幅広さにも反映されているのでしょうね。個人名義のCDも2枚リリースされている(トルコのカヴァル界において奇跡に近い)ので、機会があればぜひ聴いてみてください。

 以上、隣国のブルガリアとは何から何まで違う、トルコでのカヴァル事情でした。

マケドニア、その他の国々の場合
 マケドニアの場合、隣国ブルガリアの西部(特にピリン山脈一帯の地域)と文化的に非常に近く、しばしば「マケドニアはブルガリアの一部」というブルガリア人もいるほどです。これは情報として敢えて書きましたが、当然問題発言です。その発言の主な根拠には、単に民族的な近似性だけでなく、1878年に領土に関して取り交わされたサンステファノ条約、およびその後のベルリン会議(いずれも列強諸国間の都合で線引きされた)があります。まったく当時の列強諸国は世界の至るところに傷跡を残したものです。ついでにギリシャとも国名を巡って仲がよろしくないです。もっとも世界的に見て隣国同士仲が良いことの方が珍しいぐらいなので、良いのです。戦争さえしなければ。また、言葉もお互いで意思疎通が可能で、その距離感も関東と関西の方言よりも近いという人もいます。

 そのような事情なので、カヴァルも近いのでは?と思いきや、いくつかの点が異なります。まず形状ですが、3本継ぎではなくそのまま長い一本になっています。素材は白い木を多用し、表面には伝統的な装飾模様が描かれており大変美しいです。管の厚みも他国のものと比べて薄く、割れ防止のために管内部に補強材の木を入れて持ち運ぶそうです。(と、伝聞口調なのは、これを書いている時点ではまだ持ってないからです。)また、ブルガリアで主流のD管よりも少し長いC管が、マケドニアにおいては主流です。名称もカヴァル Kavalではなく、カヴァリ Kavaliと呼ぶことが多いなど、細かい相違はいくらでも探せそうです。

 奏法的な違いとしては、最低音部(カバ)を多用する傾向があり、一言で言って「渋い」です。この辺はブルガリアよりトルコのカヴァルに近い印象を受けます。また2本のカヴァルの一方を通奏低音(ドローン)として一定の音を吹き続け、もう一方でメロディーを奏でるという演奏スタイルが見られます。この際ドローン側の奏者は循環呼吸をすることもあります。これはおそらく、ズルナ Zurna(マケドニアではズルラ Zurlaと呼ぶことが多い)というダブルリードの管楽器の演奏スタイルの影響が強いものと思われます。またこの奏法のために、一個の吹き口に2本のカヴァルが付いた特別なカヴァルが使われることもあるようです。

 さて、マケドニアのカヴァルに関して、今の段階で私が書けるのはこのくらいでしょうか。色んな資料を全部日本に置いてきてしまったので、トルコに持ってきた乏しい資料と現地で入手した英語もしくは現地語の資料、それと今までに蓄積した私の記憶の範囲でしか書けないのがつらいところです。ルーマニアやギリシャ等の笛については、ましてや記憶も情報も乏しいので、これらについては帰国してからゆっくり書こうと思います。(つづく)

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